日本の英語教育に足りないものは何か?
執筆者:応用言語学者 学習院女子大学教授 萓 忠義
目次
1. はじめに
2. 日本の英語教育の現状とその背景
3. 足りないのは「英語を使う経験」 ― 英語の学びを生かす鍵
4. 日本に特有の「壁」と克服法
5. まとめ ― 足りないのは「知識」ではなく「体験」
1. はじめに
近年、早期英語教育に対する関心が非常に高まっています。小学校英語の早期化、英語塾・オンライン英会話の低年齢化、フォニックス教材・多読教材の急速な普及など、ここ数年で、子どもの英語学習環境は大きく変化しています。また、多くの家庭が早い時期から英語学習を取り入れ、英会話スクールに通う子どもも年々増えています。それにもかかわらず、「学習量のわりに成果が出ていない」という声を多く聞くのはなぜでしょうか。
国際的に実施されている英語力調査(Education First, 2024)では、日本はおおむね「下位」に位置し、アジアの近隣国と比較しても英語力に関して大きく伸び悩んでいるのが現状です。「入試やテストなどでは高い得点を取れるのに、思うように英語が使えない」、これは多くの日本人が経験してきた、いわば「共通の課題」でもあります。
親御さんからはよく、次のような「お子さんに関する悩み」を聞きます。
●「単語はたくさん覚えているのに、いざ話そうとすると言葉が出てこない」
●「英語の動画が好きなのに、リスニングとなると急に難しく感じてしまう」
●「英会話スクールでは話せているようだけど、日常生活では英語が出てこない」
こうした「ギャップ」は、決して子ども自身の能力に問題があるからではありません。実は、机上での学びを「使える英語」に変えるための環境や経験が不足していることが、影響していることが多いのです。
本稿では、「日本の英語教育に何が足りないのか」をゆっくりと整理しながら、日々の生活の中で家庭で取り入れられるサポートの方法を、応用言語学の視点からお伝えしていきます。お子さまの英語との関わりが、より深まるように暮らしの中で役立つヒントをお届けできたら幸いです。
2. 日本の英語教育の現状とその背景
日本の英語教育には、長い歴史の中で培われてきたさまざまな特徴があります。その中心にあるのは、「読むこと・書くこと」を重視する学習文化です。これは、かつて大学入試が英文読解中心であったことに加え、日本が本格的に国際社会に参加して世界の舞台で他国と対等に向き合っていくために、英語の文献を正確に読み解く力が求められていたことなど、当時の社会状況を反映したものでした。その結果、丁寧に英文法を学び、英語の文構造を正確に理解することに重点が置かれる教育が発展してきました。
近年では、この伝統的な学びに加えて、英語教育改革も進んでいます。小学校からの英語必修化、5・6年生での英語教科化、そして「聞くこと・話すこと」を含む4技能を重視した授業づくりが全国的に広がりを見せています(文部科学省, 2019)。さらに、ICTを活用したデジタル教材やパソコン・タブレット端末の導入も進み、子どもたちが英語に触れる機会そのものは確実に増えてきています(文部科学省, 2021)。
こうした改善が進む一方で、「英文法は知っているのに使う機会が少ない」という状況はいまだに残っています。授業時間が増えても、子どもたちが英語で自由にやり取りする場面は限られており、評価もテスト中心のため、実際のコミュニケーション力が見えにくくなる傾向があります。さらに、「間違えたくない」という感情が働き、話すことに慎重になってしまうという子どもも少なくありません。英語は本来、挑戦と試行錯誤の中で身についていくものですが、正しさを意識しすぎると、その大切な経験を得づらくなってしまうのです。
ただ、この状況は「学校の努力が足りない」というような単純なことではありません。学校教育では限られた時間の中で英語の基礎を丁寧に築いてくれており、その土台があるからこそ、家庭や英会話スクールで「実際に使う経験」を積むことができるのです。英語の知識と、日常生活の中でそれを使う体験の両方が揃ったとき、子どもたちの英語力は自然に大きく伸びていきます。
3. 足りないのは「英語を使う経験」 ― 英語の学びを生かす鍵
英語の力が伸びていくためには、「知識」と「経験」の両方が必要だとされています。学校で培われる文法や語彙の知識はとても大切ですが、それだけでは「英語を使える力」にはつながりにくいことがあります。ここでは、応用言語学の観点から、子どもの英語力を伸ばすために必須の「5つの要素」を整理していきたいと思います。
A. インプット量を確保する
英語の力は、日常生活の中で英語にたくさん触れることで自然に育っていきます。子どもの現在のレベルに合った教材を親が用意し、子どもが「わかる!楽しい!」と感じるようにすることが最も効果的であるとされます。
家庭でできること:英語の絵本の読み聞かせ、短い英語アニメを繰り返し視聴
B. アウトプットの機会を増やす
学んだ知識を使い、英語を話す機会を増やしてあげてください。英語を使って自分のメッセージが相手に「伝わった!」という経験をさせることで、英語に対する自信が生まれます。小さな成功体験をたくさん積み重ねることで、子どもの自己効力感が増し、更なる学習へとつながるのです。
家庭でできること:子どもに身近な話題を英語で話させ、褒めてあげる
C. インタラクション(やりとり)の機会を増やす
英語は「机上の学習」より「実践の学習」、つまり「人とのやりとり」の中で伸びるものです。相手から返ってくる言葉を聴き、意思疎通を行うことで英語力は伸び、表情、声の調子、タイミングなどの言語以外の要素も学べるのです。つまり、英語を使った実践の場が重要なのです。
家庭でできること:日常の簡単なやりとり(挨拶、予定の確認、伝言など)を英語でロールプレイする
D. 意味のあるタスク(目的のある活動)を行う
英語を使う目的が存在すると、子どもの集中力は高まります。「何のために英語を使うのか」が明確になり、楽しさと実践力の両方を培うことができます。
家庭でできること:英語で海外旅行のプラン作り、英語で海外の料理を作る
E. 英語の成長を可視化する
子どもにとっては自分のできたことが目に見える形で残ると、それが大きな励みになり、さらなる子どもの成長につながります。試験の点数などではなく、「できた証拠」を積み重ねることで、次の学びへの前向きな気持ちが育まれるのです。
家庭でできること:英語での動画作成、英語日記、英語を使った作品制作
これらの5つをうまく組み合わせることで、子どもの学びさらに深まります。英語を単なる「科目」としてではなく、「コミュニケーションに使用する道具」として捉え、生き生きと子どもたちが英語を使って楽しめる環境を整えていくことが、その成長を見守る親の役割となります。
4. 日本に特有の「壁」と克服法
英語を学ぶ子どもたちを観察していると、日本ならではの「壁」のようなものが見えてくることがあります。これは、個人レベルの問題ではなく、日本の学習文化や社会的習慣の中で自然に生じているものであると思われます。ここでは、その代表的なものをいくつか取り上げ、家庭で実践できる工夫をご紹介します。
A. 「間違えたくない」という気持ちが大きい
日本にいる子どもたちは、「正解」が重視される環境の中にいるため、できるだけ失敗を避けようとする傾向が強くなります。このため、英語でも「間違ったらどうしよう」という気持ちが生まれ、積極的に話すことをためらってしまうケースがよく見受けられます。しかし、英語は実際の使用を通じて間違いながら身につくものです。失敗を恐れずに、間違いから学ぶという姿勢を教えてあげてください。
家庭でできる工夫:間違った場合でも、「今の英語、すごく上手だったね」「チャレンジできたことが素晴らしいね」などと、努力に焦点を当てた声かけを増やすことで、安心して挑戦できる雰囲気が生まれます。
B. 評価がテスト中心になりやすい
日本の教育では、どうしてもテストの「点数」が評価基準として扱われます。しかし、英語でのコミュニケーション能力は、テストだけでは測ることはできません。英語を使って活動できたというような事実に目を向け、そこを評価してあげることが大切です。
家庭でできる工夫:点数で一喜一憂するより、「ちゃんと英語を使えたね。」「今日は新しい表現をつかえたね。」などと、日々の成長に目を向けたサポートするようにしてあげましょう。
C. 家庭の時間が限られている問題
以前と比べて共働きの家庭が増え、忙しい日々の中で、家庭で英語の時間を取るのが難しいという声をよく耳にします。ただ、英語学習は短い時間でも、その頻度が高い方が効果的だといわれています。英語を使うことを日々の生活の中で習慣化することで、子どもの英語力を向上させることが可能です。
家庭でできる工夫:食事前に英語で一言、寝る前に一文だけ英語日記など、毎日の英語学習の習慣化が、後に大きな差を生みます。
D. 教材への依存が強くなりやすい
親御さんは、「子どものために良い教材を選ばなくては」というプレッシャーから、教材探しに力が入ってしまうことがよくあります。子どものためを考えてのことだとは思うのですが、教材選びに大切なのは、子どもが興味を抱けるものであるかということです。必ずしも高価で専門的な教材である必要はありませんが、子どもが楽しめる教材を選んであげることが肝要です。
家庭でできる工夫:子どもが好きなキャラクター、食べ物、遊びなどを取り扱った教材を使用すると、自然と英語が楽しく感じられ、英語の学習につながります。
E. 親御さん自身の英語力への不安
親御さんの中には、「自分は英語に自信がないから教えられない」と心配する方は多いと思いますが、実は、完璧な英語を教える必要があると身構える必要はありません。親御さんが一緒に楽しく英語に取り組む姿勢こそが、子どもにとって何よりのモデルになります。また、子どもと一緒に英語学習をすることで、親子間のコミュニケーションも深められます。
家庭でできる工夫:英語がわからなくても、「一緒に調べてみよう」「パパ(ママ)も英語の勉強中なんだよ」と伝えるだけで、子どもは安心し、前向きに英語学習に取り組めるようになります。
これら日本に特有の「壁」は、その見方を変えれば「親子で一緒に楽しく取り組むきっかけ」にもなります。大切なことは、子どもが安心して英語学習に挑戦できる環境を家庭の中で育むことなのです。
5. まとめ ― 足りないのは「知識」ではなく「体験」
ここまで述べてきたように、日本での英語教育では、子どもたちが英語を「実際に使う経験」を積む機会はどうしても不足しがちです。そのため、知識としては理解していても、いざ英語を話そうとすると言葉が出てこない、聞き取れないといった「ギャップ」が生じてしまうのです。しかし、これは決して子どもたちの学習能力に問題があるというわけではありません。英語を使う場面が増えれば、子どもたちは自然と英語を話し始め、聞き取ろうとし、誰かに伝えたいという思いから自ら学びを深めていくのです。
前述のように、「英語を使う経験」を増やすためには、日々の生活の中に特別な「英語の時間」をそっと設けることが有効です。寝る前に一言だけ英語で話す、好きな動画を英語版で見てみる、家族の会話に少し英語を混ぜてみるといったような、ささやかな積み重ねが、子どもたちの英語学習へのハードルを下げ、「英語を使うことが当たり前」という雰囲気を家庭内で作っていきます。
ただ、家庭だけでは補いきれない部分もあります。特に、「たくさん話す環境」「英語での複雑なやりとり」「プロによるフィードバック」などは、家庭学習だけでは難しいことも多いと思います。そこで力を発揮するのが、Kids UP のような児童向け英会話スクールです。専門の講師と友だちと一緒に英語を実際に使うことで、家庭では得られない豊かなコミュニケーションの場が生まれます。
言語は、たくさん間違えながら使っていくことで身につくものです。知識を増やすだけでなく、英語で誰かとつながる楽しさを味わえる環境をつくることが、子どもたちにとって何よりの学習の場となります。家庭での温かいサポートと、スクールでの実践的な経験の2つが合わさることで、子どもたちの英語はより自然に、そして確実に伸びていくでしょう。
引用文献
Education First. (2024). EF English Proficiency Index 2024.Education First.
https://www.ef.com/epi/
文部科学省(2019).小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 外国語活動・外国語編 Retrieved November 15, 2025,
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387017_011.pdf?utm_source=chatgpt.com
文部科学省(2021).GIGAスクール構想の実現について 文部科学省 Retrieved November 15, 2025,
https://www.mext.go.jp/content/20210608-mxt_jogai01-000015850_003.pdf


