言語の切り替え(コードスイッチング)と知能の関係 ~バイリンガルの柔軟な思考~
執筆者:応用言語学者 学習院女子大学教授 萓 忠義
目次
1. 子どもの言語を切り替える行動
2. コードスイッチングは「混乱」ではなく自主的な「選択」
3. 言語を切り替える経験が子どもの「考え方」を育てる
4. 日本語と英語の同時使用は問題ではない
5. コードスイッチングは未来につながる思考の練習
1. 子どもの言語を切り替える行動
ご家庭や英会話スクールで、お子さんが自然に日本語と英語を使い分けている場面を目にしたことはないでしょうか。家では日本語で話しているのに、スクールでは英語で受け答えをし、話す相手によって使う言葉を変える。そんな姿を見て、「言葉が混ざってしまって大丈夫なのだろうか」「複数の言語で頭の中が混乱しているのではないか」と、不安を覚える親御さんも少なくないと思います。
しかし、応用言語学の立場から見ると、このような「言語を切り替える行動」は、決して偶然でも、未熟さの表れでもありません。むしろ、子どもが相手や場面を意識しながら、自分で考えて言葉を選んでいる証拠だと考えられます。日本語と英語を行き来する行為は、「どちらの言葉を使えば、相手に分かりやすく伝わるか」「今の状況に合っているのはどちらの言葉か」などと、無意識のうちに子どもたちが判断している表れなのです。つまり、言語の切り替えは、子どもなりに考えた結果として起きているのです。
本コラムでは、このような言語の切り替え、いわゆる「コードスイッチング(code-switching)」が、子どもの発達にとってどのような意味を持つのかについて考えていきます。結論から申し上げると、コードスイッチングそのものは、基本的に子どもにとってプラスに働くものです。今回は、その理由をできるだけ分かりやすくご説明していきたいと思います。
2. コードスイッチングは「混乱」ではなく自主的な「選択」
まず、多くの方が抱きがちな誤解について整理しておきましょう。コードスイッチングというと、「語彙が足りないため、言葉を補おうとして言語が混ざってしまっている」「日本語と英語がきちんと整理できていない」といったイメージを持たれがちです。しかし、学術研究の視点からすると、必ずしもそうとは言い切れません。
子どもは、私たちが思っている以上に、周囲の状況をよく見ています。誰に話しているのか、何を伝えたいのか、どの言葉が一番自然なのか。そうしたことを、子どもたちは瞬時に判断し、その結果として、自分で適切だと思う言語を選び、複数の言語を切り替えているのです。たとえば、日本語ではうまく説明できないことを英語で言ってみたり、反対に、英語よりも日本語の方が感情を表しやすいと感じて日本語を使用したりすることがあります。このような状態は混乱ではなく、自己表現の選択肢(使える言語)を複数持っているからこそできる行動です。応用言語学では、このような行為を、単なる言葉の混在ではなく、「高度な言語運用」として捉えます。実際、バイリンガリズム研究では、コードスイッチングは言語能力の未熟さではなく、複数の言語を状況に応じて機能的に使い分ける力の表れであると指摘されています(Grosjean, 2010)。
重要なのは、複数の言語が「混ざっているかどうか」ではありません。それよりも、子どもが意味を伝えようとして言葉を使っているかどうか、そして、状況に応じて言語を調整しようとしているかどうかです。コードスイッチングは、その力が育っている途中に自然と見られる現象なのです。
3. 言語を切り替える経験が子どもの「考え方」を育てる
では、言語を切り替える行動は、子どもの中でどのような力につながっていくのでしょうか。言語を切り替える場面では、子どもは無意識のうちに、いくつものことを同時に考えています。例えば、今の状況はどうか、相手は誰か、自分の考えをどう表現すれば伝わるか。一度ある言語で話そうとしたことを、別の言語で言い直したり、言い換えたりすることもあります。このような経験を繰り返すことで、子どもは考えを整理する力や、やり方を柔軟に変える力を少しずつ身につけていくことができるのです。一つの言い方に固執せず、別の表現を探すことができるようになるのが大きな利点です。
よく「バイリンガルのお子さんは知能が高いのですか?」という質問を受けることがありますが、点数や数値が急に伸びるという意味での「賢さ」に、コードスイッチングが直接影響するということはありません。ただし、言語を切り替えながら生活している子どもは、考え方の切り替えが比較的スムーズになる傾向があることが、さまざまな研究から示されています。これは、複数の言語を使う中で、状況に応じて注意や考え方を調整する経験を日常的に積んでいるためだと考えられています(Bialystok et al., 2012)。
大切なのは、これは生まれつき決まっている能力ではないという点です。違う言語を使い、切り替え、伝えようとする経験を重ねる中で、少しずつ育っていく「思考の習慣」なのです。これはバイリンガルになる利点の一つであるといえます。
4. 日本語と英語の同時使用は問題ではない
親御さんからよく聞かれるもう一つの不安は、「幼児期から英語を学習すると、日本語が弱くなるのではないか」というものです。応用言語学の基本的な考え方では、日本語と英語はお互いに対立する関係にはなく、複数の言語使用が日本語の習得を大きく妨げることはないとされています。これは、バイリンガル教育研究において、言語は共通の「考える力」を土台として発達すると考えられてきたためです(Cummins, 1981)。この考える力は、日本語であっても英語であっても、共通の土台の上に育まれていくのです。
そのため、英語に触れる時間が増えたからといって、日本語そのものが弱くなってしまう、と考える必要はありません。大切なのは、どの言語であっても、子どもが自分の気持ちや考えを言葉にし、それを誰かに伝えようとする経験を積んでいるかどうかです。また、英語を学ぶ過程で、「この気持ちは日本語だとこう言える」「英語だとどう表せるだろう」と考えることは、結果として日本語への意識を高めることにもつながります。言葉を比べたり、使い分けたりする中で、子どもは意味や表現について、より深く考えるようになるのです。つまり、英語学習が日本語を弱くするのではなく、言葉を複数使う経験そのものが、子どもの「考える力」を豊かにし、その力が日本語にも英語にも生かされていくと捉える方が、応用言語学の考え方に近いと言えるでしょう。
5. コードスイッチングは未来につながる思考の練習
ここまで見てきたように、コードスイッチングは、決して言語の混乱ではありません。言葉を切り替える経験は、子どもが考えながら言葉を使っている証であり、その積み重ねが、思考の柔軟さにつながっていきます。コードスイッチングという現象について、「賢くなるかどうか」という問いよりも、「どのように考えられるようになるか」という視点で見ると、言語を切り替える経験の価値がよりはっきりと見えてくるでしょう。
幼少期には、完璧な英語を話せることよりも、状況に応じて言葉を使い分け、伝えようとする姿勢こそが大切です。コードスイッチングは、そのための大切な練習の場なのです。言葉を切り替えられる子どもは、考え方も切り替えられるということになります。その力は、これからのグローバル化の時代を生きる上で、きっと大きな支えになってくれるはずです。
今回取り上げた、コードスイッチング、つまり言語を切り替える経験は、ただ英語に触れているだけでは、必ずしも自然に生まれるものではありません。相手や場面によって「どの言語を使う必要があるのか」を考えざるを得ない状況があってこそ、初めて意味を持つ経験になります。その点で、家庭の中だけで十分な量の言語切り替えの機会を用意することは、現実的には難しい場合も多いでしょう。だからこそ、英語を使わなければ関わりが成立しない場、そして日本語と英語を行き来しながらやり取りをする必然性が生まれる環境が重要になってきます。Kids UP のような英会話スクールでは、英語は「勉強するもの」ではなく、友だちや先生と関係を築くための手段として使われます。その中で子どもたちは、相手に合わせて言葉を選び直したり、日本語で考えた内容を英語で伝えようとしたりと、自然な形でコードスイッチングを経験することができます。応用言語学の視点から見ても、こうした日常的な言語の切り替えの積み重ねこそが、「どう言えば伝わるのか」を考える力を育て、言葉と思考を結びつける大切な土台になっていくのです。
引用文献
Bialystok, E., Craik, F. I. M., & Luk, G. (2012). Bilingualism: Consequences for mind and brain. Trends in Cognitive Sciences, 16(4), 240–250.
https://doi.org/10.1016/j.tics.2012.03.001
Cummins, J. (1981). Bilingualism and minority-language children. Ontario Institute for Studies in Education.
Grosjean, F. (2010). Bilingual: Life and reality. Harvard University Press.


