デジタル時代における子どもの英語学習~新たな親の役割~
執筆者:応用言語学者 学習院女子大学教授 萓 忠義
目次
1. 子どもたちを取り巻く英語学習環境の変化
2. デジタル技術がもたらす英語学習の新しい選択肢
3. デジタル学習の限界と英語体験の重要性
4. デジタル学習と英語の実践をサポートする親の役割
5. デジタル時代の子どもの学びを支えるために
1. 子どもたちを取り巻く英語学習環境の変化
最近、子どもたちがスマートフォンやタブレットを使って、楽しそうに英語の動画を見たり、英語学習アプリで真剣に勉強したりしている姿を目にすることはありませんか。親御さんの中には、「私たちの時代には、そんな便利なものはなかったなあ。」と思う方もいらっしゃることでしょう。かつては、英語といえば学校や塾で、単語帳や文法問題集を開いて黙々と勉強するのが当たり前でした。しかし、いまや「YouTube」や「Netflix」などを通じて簡単に本場の英語に触れたり、AIチャットや音声アシスタントと英語で対話できたりする時代です。現代を生きる子どもたちは、これまでの世代とはまったく異なる英語環境の中で育っているのです。
今回のコラムでは、新しい時代のデジタル技術が子どもたちの英語学習にもたらす可能性と限界を整理し、応用言語学の知見を交えながら、親御さんたちがどのように子どもたちの学びを支えられるかを一緒に考えていきたいと思います。時代の変化と技術の進歩に伴い、従来型の学習方法を再考する機会となれば幸いです。
2. デジタル技術がもたらす英語学習の新しい選択肢
ご存じのように、現代の子どもたちの英語学習環境には、かつては存在しなかった多様なデジタルツールが存在しています。たとえば、「Google翻訳」や「DeepL」といったAI翻訳ツールを使えば、瞬時に英文の意味を日本語で知ることができます。「DMM英会話」や「ネイティブキャンプ」といったオンライン英会話では、海外の先生と気軽に会話練習ができ、「Duolingo」や「AI英会話スピーク」のような英語学習アプリを使えば、ゲーム感覚で単語やフレーズを覚えたり、生成AIとの対話でスピーキングの練習をしたりすることも可能です。また、簡単に海外の動画、ドラマ、映画などを「YouTube」や「Netflix」で視聴したり、「ChatGPT」や「Amazon Alexa」などのスマートスピーカーに英語で対話したりと、子どもたちは日常の中で、これまでにない方法で英語に触れることができるようになっています。
こうしたデジタル技術の登場により、英語学習のハードルは大幅に下がったといえるでしょう。以前であれば英会話教室に通わなければ得られなかった本場の英語や練習の機会が、今では自宅に居ながら手に入るのです。しかしながら、デジタル技術を駆使するだけで、本当に英語能力を向上することはできるのでしょうか。他の学習手段は必要ないのでしょうか。
3. デジタル学習の限界と英語体験の重要性
実は、デジタルツールは子どもたちの英語学習を助ける大きな味方となる一方で、それだけでは英語運用能力を伸ばすのには十分とはいえません。文部科学省(2017)が告示した「小学校学習指導要領」では、外国語活動・外国語科の目標が定められています。そこでは「言語や文化に関する体験的な理解」をし、外国語を使って「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」を育てることが重視されていますが、デジタルツールで単に単語の意味や文法を学んだり形式的な対話練習をするだけでは、国が目指す、英語コミュニケーション能力は身につかないのです。
英語の知識ではなく、英語運用能力を育むためには、単なる知識の積み重ねではなく、実際のコミュニケーションの中で相手とやりとりし、考え、伝え合う体験をすることが必要です。応用言語学の分野でも、この「体験を通じた学び」の重要性は繰り返し指摘されています。たとえば、クラッシェン(Krashen, 1985)の「インプット仮説」では、理解可能な大量のインプットが学習の基盤になるとされますが、単に英語を聞き流すだけでは十分ではないこともわかっています。スウェイン(Swain, 1985)の「アウトプット仮説」では、学習者が実際に自分で言葉を使い、表現しようとする過程で初めて気づきや学びが生まれることを示しています。そしてロング(Long, 1996)の「インターアクション仮説」では、他者とのやりとりの中で、誤解が生じたり修正されたりする過程こそが、学びを促進すると説明されています。つまり、インプット、アウトプット、インターアクションという一連の言語体験を通じて、英語運用能力が伸びるとされているのです。英語を本当に使えるようになるためには、生成AIやアプリといった便利な道具に加え、人と人との交流を通じた実践的な経験が欠かせないのです。そのため、デジタル学習を補完する英語実践環境を子どもたちに与えることが重要となるのです。
4. デジタル学習と英語の実践をサポートする親の役割
それでは、デジタル技術を活用した英語学習が広がる今、私たちはどのように子どもたちの英語の学びを後押しすべきなのでしょうか。親の役割は大きく分けて二つあります。ひとつは、日々の学習や挑戦を励ますこと。もうひとつは、実際に英語を使う場を子どもたちに用意することです。
まず、励ましの役割です。子どもが英語に挑戦し続けるためには、親の「頑張ってるね。」「楽しそうだね。」「挑戦して偉いね。」という声かけが大きな力になります。親が英語に詳しい必要はありません。学習結果や文法の正しさなどではなく、学ぶ姿勢や努力を認め、安心感を与えることが、子どもの継続意欲を支えます。特にデジタル教材を使用して学習を行っている場合には、ひとりでの学習となり、孤独にならないためにも周りからの心的なサポートは必須なのです。
次に、英語を実践する環境づくりの役割です。生成AIやアプリによる学習だけでは経験が不足するため、人とのリアルな交流・やりとりが重要となります。英会話スクール、英語のサマースクール、地域の国際交流イベント、海外の同世代とのオンライン交流、留学生や外国人とのカジュアルな交流など、実際に英語を使ってやりとりする場では、予想外の質問やジェスチャー、誤解や試行錯誤を通じて実践的な力が育まれます。こうした機会の重要性を理解し、子どもが挑戦できる場を用意することが親には求められます。
5. デジタル時代の子どもの学びを支えるために
このようにデジタル学習と英語の実践の場をうまく組み合わせ、子どもの学習のサポートを行うことで、子どもたちの英語の学びはより深まり、成長の可能性は広がります。しかし、その可能性を生かすには、親や大人の「学びに対する姿勢」も重要な要素となります。ここでは最後に、親として、どのような態度で子どもたちの英語学習を見守っていくべきなのかを考えましょう。
まず重要なのは、親自身が指導者になろうとするのではなく、子どもと一緒に学び、試行錯誤を楽しむ姿勢を持つことが大切です。子どもは親の背中を見て育ちます。親が「わからないことは一緒に調べよう。」「できないことに挑戦するのは面白いね。」などと前向きな態度を示すことで、子どもの学びの質は広がり、自然に家庭内でより良い学習環境が生まれるのです。また、子どもたちの学びの過程では、失敗やつまずきはつきものです。大人である私たちには、結果や完璧さを求める傾向がありますが、子どもの努力や工夫を認め、寄り添うことで、「間違えてもいい。」「やり直していい。」と考えるようになります。この安心感は、生成AIやアプリでは決して代替できない人間関係から生まれるものです。
さらに、学びを家庭や学校だけで完結させないという姿勢も、デジタル時代の学びには重要となります。地域社会、異文化交流、さまざまな人との出会いが、子どもたちの視野を広げ、学びを豊かにします。親は、こうした広い学びの世界に対してオープンな姿勢を持ち、子どもが多様な世界に触れられるよう、英語を学習する機会を常に模索する態度が大切なのです。
デジタル時代の今だからこそ、私たち大人には、知識を教える役割ではなく、学びを支え、共に歩む伴走者としての役割が求められています。子どもとともに学び、成長し、未来を育んでいく、それがこれからの時代の親の新しい姿といえるでしょう。
引用文献
Krashen, S. D. (1985).The input hypothesis: Issues and implications. Longman.
Long, M. H. (1996). The role of the linguistic environment in second language acquisition. In W. C. Ritchie & T. K. Bhatia (Eds.), Handbook of second language acquisition (pp. 413–468). Academic Press.
文部科学省 (2017). 小学校学習指導要領解説 外国語編. Retrieved July 15, 2025, from
https://www.mext.go.jp/content/20220614-mxt_kyoiku02-100002607_11.pdf
Swain, M. (1985). Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development. In S. M. Gass & C. G. Madden (Eds.), Input in second language acquisition (pp. 235–253). Newbury House.