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「生成AIと人間の教師の役割:英語教育はどう変わるのか?」 応用言語学博士 萓 忠義

執筆者 :応用言語学者 学習院女子大学教授 萓 忠義

目次

1. 生成AIの台頭と英語教育の変化

近年、生成 AI(Generative AI) と呼ばれる新しい技術が、教育の世界に急速に広がりつつあります。子どもたちが書いた英作文を自動的に添削してくれたり、発音を評価してくれるスマートフォンアプリなど、日常的な学習場面でも生成AIの活用例が目立つようになってきました。こうした技術の進化は、英語教育の現場にも確実に影響を与えています。

では、こうした生成AIが進化していく中で、これからの英語教育はどのように変わるべきなのでしょうか?今回のコラムでは、応用言語学の視点を取り入れ、生成AIと人間の教師それぞれの役割や強みを整理し、今後の英語教育について考えていきます。生成AIを活用することでできること、そして人間の教師だからこそできることを見極めることが、これからの時代の学びにとって非常に重要になってきます。子ども向けの英会話スクールに興味がある皆さんにとって、今後の教育のあり方を考えるうえでのヒントとなれば幸いです。

2. 生成AIの英語学習への利活用

2.1. 文部科学省の教育政策とその影響

現在、日本の教育現場では、生成AIの導入が徐々に進んでおり、文部科学省もこの流れを積極的に後押ししています。2023年には暫定的なガイドラインが発表され(文部科学省, 2023)、続く2024年には正式版である「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン」が公表されました(文部科学省, 2024)。このガイドラインでは、生成AIの活用において「人間中心の原則」が強調されており、生成AIを人間の能力を拡張し可能性を広げる「道具」として活用すべきであるという基本的な考え方が示されています。つまり、生成AIと人間を対立させるのではなく、教育の目的に即して生成AIを適切に活用し、その成果物には最終的に人間自身が責任を持つことが求められているのです。

こうした動きを背景に、英語教育の分野でも生成AIを利活用した教材や学習支援ツールの開発が加速しています。たとえば、ライティング指導では、子どもが書いた英文に対して文法や語彙のミスを瞬時にフィードバックし、より自然で正確な表現への書き換えを促してくれるアプリが登場しています。これまで教員が個別に行っていた添削作業の一部を自動化し、児童や生徒が自律的に学びを深められる環境づくりが進んでいるのです。

2.2. 英語学習を支える生成AIの強み

生成AIの英語学習における最大の強みは、学習者一人ひとりに合わせ、個別に最適化した支援を効率的かつタイムリーに提供できる点にあります。たとえば、文法や語彙習得においては、生成AIが学習者の理解度や過去の誤答傾向などを分析し、個人の弱点に絞った練習問題を自動で生成してくれます。学びの「つまずき」をその場で察知し、即時に適切な練習を促すという点で、非常に効果的な学習支援ツールとなるのです。また、生成AIは大量の言語データに基づいた自然な英語表現を生成できるため、子どもが書いた文章に対して、「この表現のほうがより自然です」といった提案をすることが可能であり、英語らしい表現感覚を身につけるサポートもできるのです。

加えて、リスニングやスピーキングなどの音声を伴うスキルの練習においても、生成AIは新しい可能性を秘めています。リスニング練習では、子どもの習熟度や関心に応じて、スピードや語彙レベルを調整したオリジナルのスクリプトを自動生成し、それに合わせた音声を提供することができます。また、スピーキング練習においては、生成AIと模擬対話をすることで、「質問に答える→フィードバックを受ける→言い換えて再挑戦する」という反復練習が、時間や場所を問わず簡単に行えるようになりました。こうした生成AIとのやりとりは、教室での限られた時間では十分に練習できなかった「英語を使う経験」を補う手段として、その有効性が高まっています。

このように、生成AIは単なる反復練習を超えて、学習者のレベルや学習履歴に応じて内容を柔軟に調整できるため、一人ひとりに寄り添った指導が可能になるのです。英語を「知識として学ぶ」のではなく、「使える力として育む」ことが求められる現在、こうした生成AIの利活用は、子どもたちの学習体験をより豊かにし、自信を持って英語を使うための土台づくりに大いに貢献するといえます。

3. 生成AIでは代替できない「人間の教師」の役割

3.1. 学習者の感情への配慮と動機づけ管理

いかに生成AIが高度なフィードバックや個別最適化された学習支援を提供できるようになったとはいえ、すべての教育的役割を生成AIが担えるわけではありません。特に、子どもたちの感情やモチベーションの変化に寄り添いながら、学習のサポートをしていくという点においては、人間の教師にしか果たせない役割があるのです。たとえば、子どもが「英語がうまく話せない」「間違えるのが恥ずかしい」と感じたときに、そばにいる教師が目を見て、「大丈夫、ここまでよく頑張ったから今度も出来るよ」と声をかける。その一言が、子どもを次の一歩に導く大きな力になります。生成AIも励ましの言葉を返すことはできますが、学習者の表情や声のトーン、過去の学習経験などを総合的に判断したうえでの「タイミング」や「温度感」を伴った対応は、今の技術では困難といえます。

3.2. 人間だからできる「踏み込んだ指導」

また、学習者の成長を支えるうえで必要不可欠なのが、「時に厳しいフィードバックを与える」という指導の側面です。英語学習では、ただ褒めるだけではなく、「その表現は状況に合っていないよ」「もう一度、自分の言葉で言ってごらん」といったネガティブな指摘が必要になる場面も少なくありません。生成AIは、ユーザーに不快感を与えないよう設計されていることが多く、基本的に肯定的で穏やかな応答を返す傾向があります。これは長所でもありますが、時には「学びを深めるための厳しさ」を欠いてしまうことにも繋がります。一方、人間の教師であれば、子どもの性格や学習の進み具合を踏まえたうえで、「今ここで指摘すべきか」「もう少し様子を見たほうがいいか」といった判断を行い、適切なタイミングで的確な指導を行うことができます。こうした判断力や子どもとの関係構築力は、単なる生成AIの情報処理能力だけでは補えない、人間ならではの教育的資質だといえるでしょう。

3.3. 創造的な思考を育む人間的対話

さらに、英語を「使う力」として育てていくうえで欠かせないのが、創造的に思考し、自らの言葉で表現する経験です。生成AIとの対話は、スピーキングの基礎練習には役立ちますが、子どもたちが自分の考えを深めたり、新たな視点を得たりするような学びには限界があります。たとえば、人間の教師は、子どもの発言に対して「どうしてそう思ったのかな?」「別の言い方をするとどうなるかな?」などの問いかけを通じて、学習者の発想を広げ、思考を深めることができます。こうした対話は、単に英語を話す練習という枠を超え、「考える力」や「自分の言葉で伝える力」を育む創造的な学びの機会となり、そこには生身の教師との関係性の中でこそ生まれる教育的価値があるのです。

3.4. 文化的背景を踏まえた英語指導

英語を学ぶことは、単に語彙や文法を習得することだけではありません。その言語が使われる文化的背景や価値観、そして状況に応じた適切な表現を理解することも重要です(語用論といわれる分野)。たとえば、依頼表現を例にとっても、相手との関係性や場面によって「Can you ~?」と聞くのか、「I would appreciate it if you could ~.」を使うのかなどの判断が異なってきます。細かなニュアンスや場面ごとの使い分けは、教科書的な知識だけでは身につきません。生成AIは大量のテキストデータを基に自然な表現を提示することはできますが、その表現がどのような文化的背景で使われているのか、あるいは不適切とされる場面があるかどうかなど、「文化的コンテクストの理解」は未だに不完全なのです。

一方、人間の教師は、自身の実体験や異文化理解に基づき、子どもたちに対して状況に即した表現の選び方を指導することができます。たとえば、「海外で実際に合ったことなんだけど、・・・」といったエピソードを交えながら教えることで、子どもたちは英語が「実際に使われている言葉」であることを理解し、より深く学びに関わることができます。言語と文化は切り離せないものであり、「教室での英語」を「生きた英語」に変えるのは、やはり「人間」ならではの役割といえます。

4. 生成AIと人間の教師の共存

4.1. 「生成AI vs. 人間」ではなく、「生成AIと人間との協働」へ

ここまで述べてきたように、生成AIと人間の教師にはそれぞれ異なる強みと役割があります。だからこそ、これからの英語教育では「生成AI vs. 人間」という二者択一の考えではなく、「生成AIと人間との協働」という発想によって、より良い学びの環境を作り出していく姿勢が求められます。たとえば、文法や語彙の確認、発音チェック、英作文の添削などの反復的かつ機械的な部分は生成AIに任せ、そのうえで、人間の教師が対話的な活動や創造的な表現、文化的背景に関する深い指導を担いながら、両者の役割を明確に分担することが理想的です。こうした分業によって、教師はより多くの時間とエネルギーを人にしかできない教育活動に注ぐことができるようになります。そして、前述のガイドライン(文部科学省, 2024)にもあるように、「人間中心の原則」に基づき、生成AIを「道具」として捉え、人間が主導的に子どもたちを教育していく必要があるのです。

4.2. 生成AIを活用できる教師が生き残る時代へ

生成AIは決して教師の仕事を奪う存在ではなく、教育の質を高めるための強力なツールなのです。これからの時代、生成AIを積極的に活用できる教師こそが、子どもたちにとってより良い学びを提供できる存在として求められていくでしょう。授業準備や教材作成、課題作りなどに生成AIを取り入れることで、教師の負担は軽減され、子ども一人ひとりと向き合う時間を確保することができます。実際に、子どものレベルに合わせてその場で例文を生成したり、生成AIを使ってさまざまな活動を行わせたりと、教師の創意工夫次第で、学びの幅とその質は格段に広がるのです。

一方で、生成AIの活用を避け、「従来型の教え方」に固執してしまう教師は、教育の変化に取り残されてしまう可能性があります。技術の進歩は教育の在り方そのものを変えつつあり、教師の役割もそれに伴い変化しています。もはや教師は、知識を一方的に伝える「情報の伝達者」ではなく、子どもたちが自ら学ぶ過程を支える「ファシリテーター(世話人・進行係)」としての役割を担うことが求められています。生成AIはその役割転換を後押しする存在であり、教師がそれをどう使いこなすかが、これからの英語教育を左右すると言っても過言ではありません。

5. まとめ: 最適な英語教育とは?

このように生成AIの登場は、英語教育のあり方を大きく変えつつあります。これまで教員が時間と労力を要していた部分を効率化し、教え方の可能性を広げてくれる存在として、生成AIは確実に教育現場に浸透し始めています。しかしその一方で、学習者の感情に寄り添い、適切なタイミングで励ましたり、ときに厳しく指導したり、創造的な対話を通して考える力を育てたりといった、人間にしかできない教育的な関わりも、今後ますます重要になってくることでしょう。

だからこそ、これからの英語教育は、生成AIと人間の教師、それぞれの特徴や強みを組み合わせた「ハイブリッド型」の学びへと進化していくことが理想的です。単にAIを導入しているかどうかではなく、教師がそれをどう使いこなしているか、どのように子どもに寄り添っているかなどを見極めることが大切です。英会話スクールを選ぶ際も、そうした視点がますます重要です。生成AIを上手に活用し、子どもの学びを的確にサポートできる教師がいるスクールこそ、これからの時代にふさわしい英語教育を実現できる場所だと言えるでしょう。逆に、「AIは使うべきではない」と頭ごなしに否定してしまうようなスクールには、少し慎重な姿勢で臨んだほうがよいかもしれません。大切なのは、子どもが安心して学び、自らの力で言葉を使う喜びを感じられる環境を大人が整えることです。その実現のためには、生成AIと人間の教師が手を取り合う新しい教育のかたちを、私たちが正しく理解し、選択していく姿勢が求められるのです。

引用文献

 

文部科学省 (2023). 初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイド
ライン Retrieved March 21, 2025, from https://www.mext.go.jp/content/20230718-mtx_syoto02-000031167_011.pdf

文部科学省 (2024). 初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン
Retrieved March 21, 2025, from https://www.mext.go.jp/content/20241226-/
mxt_shuukyo02-000030823_001.pdf

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