失敗を恐れない英語学習~エラーは成長のサイン!?~
執筆者:応用言語学者 学習院女子大学教授 萓 忠義
目次
1. はじめに ― 「失敗することは悪いこと?」
2. 言語習得におけるエラーの意味
3. 間違いが生み出す学びのプロセス
4. 子どもの英語学習における間違いの具体例
5. 親の役割 ― 間違いを肯定する学習環境をつくる
6. まとめ ― 間違いは成長のサイン
1. はじめに ― 「失敗することは悪いこと?」
お子さんが英語を学ぶ場面で、「間違えたら恥ずかしい」、「正しく言わなければ注意される」と感じて声が小さくなることがあると思います。そんな場面を、親御さんも見たことがありませんか。もしかすると、親御さんご自身も学生時代に「間違えると減点」という教育を受け、英語が苦手だと感じるようになった経験があるかもしれません。このように、多くの人にとって「間違い=悪いこと」という印象があるのではないかと思います。しかし実際には、言語学習における間違いは、無理に避ける必要はありません。むしろ「間違いをしながら学ぶ」ことこそが、自然な言語習得のプロセスであり、間違いは成長の証なのです。
応用言語学の研究では、間違いは学習者が「いまどの段階にいるのか」を知る大切な手がかりだと考えられています。つまり、間違いは「失敗」ではなく「発達のサイン」だといえるのです。子どもが英語でつまずいたとき、それを叱るのではなく、「チャレンジしている証拠なんだ」と受け止めることが重要です。本コラムでは、間違いが英語学習においてどのような意味を持ち、その「失敗」をどのように前向きに活かすべきなのかを、応用言語学の知見を交えて考えていきます。
2. 言語習得におけるエラーの意味
そもそも「間違い」は言語習得の中でどのような意味を持つのでしょうか。応用言語学の研究では、間違いは単なる失敗として扱われるのではなく、学習の進展を示す大切なサインだと捉えられています。1960年代にイギリスの応用言語学者 Corder (1967) が提唱した「誤用分析(Error Analysis)」では、学習者の誤りは無駄なものではなく、学習者が「どのように新しい言語を理解しようとしているのか」を映し出す鏡だとされました。間違いを注意深く調べることで、子どもが今どの段階まで言語を習得しているのかを知る手がかりになります。さらに、その子がどのような規則を自分なりに作り出し、英語を理解しようとしているのかも見えてくるのです。
その後、1970年代にはアメリカの研究者 Selinker (1972) が「インターランゲージ理論(Interlanguage Theory)」を提案しました。ここでは、学習者は母語と英語のあいだに独自の「中間言語」というものを作り出すと説明されています。子どもはこの中間言語の中で試行錯誤を繰り返し、少しずつ正しい表現に近づいていきます。つまり、間違いは英語がまだ「完成途中」であることを示す自然な現象で、ネガティブな存在とは扱われていないのです。例えば、「He go to school.(非文)」という文を子どもが言ったとしましょう。これは文法的には誤りですが、「主語+動詞+目的語」という英語の語順をすでに身につけている証拠でもあります。あと一歩で「三単現の -s」を習得する段階にいる、とも理解できるのです。
このように、間違いは決して「できていない証拠」ではなく、「できるようになりつつある証拠」と考えることができます。親御さんもこの視点を持つことで、子どもの小さな変化や成長を前向きに見守ることができるでしょう。
3. 間違いが生み出す学びのプロセス
子どもが英語を学ぶときに起きる「間違い」は、単なる「つまずき」ではなく、学びを深めるための大切なきっかけとなります。応用言語学には、この考えを裏づける理論が複数あります。ここでは、そのいくつかを紹介します。
まず、気づき仮説(Noticing Hypothesis) では、学習者が自分の間違いに気づいた瞬間に、言語の形や規則が強く意識化され、学習が前進すると考えられています (Schmidt, 1990)。たとえば、子どもが 「He go to school.(非文)」と言い、大人からの指摘を受けて 「He goes to school.(正文)」に直したとき、「三単現の -s」という規則に子どもの注意が向き、学習が促進されるのです。間違いがあるからこそ、違いに気づけ、正しい文を習得できるのです。
次に、アウトプット仮説(Output Hypothesis) があります (Swain, 1985)。言語を学習する過程で、自分の言葉で表現しようとすると、「言いたいけれど言えない」という場面に必ず遭遇します。その行き詰まりが「どう言えばいいのだろう?」という内省を引き出し、外国語の学習が促されます。思いどおりに言えなかった失敗の経験が、新しい表現を学ぶ引き金となるのです。
さらに、インターアクション仮説(Interaction Hypothesis) では、人とのやり取りの中で起こる聞き返しや言い直し(意味交渉)が学習を促進すると説明されています (Long, 1996)。会話の中で通じなかった表現を、相手の反応を手がかりに調整することで、「この言い方では伝わらない」「こう言えば伝わる」という実感が得られます。分からないという体験が、相手との意味交渉を促し、言語習得につながるのです。
このように、子どもが学ぶ途中で間違えると、気づき(Noticing)・アウトプット(Output)・インターアクション(Interaction) の三つの側面において、言語習得が力強く前へ進んでいきます。間違いは学習を止めるブレーキではなく、成長を加速させるアクセルとなるのです。
4. 子どもの英語学習における間違いの具体例
ここまで応用言語学の理論を基に「間違いが学びを進める力になる」ことを見てきました。では実際に、子どもがどのような間違いをし、それをどのように受け止めればよいのでしょうか。間違いのタイプごとに見ていきましょう。
発音の間違い: 小学生によくあるのが、発音の混同です。たとえば “right” と “light” の区別がつかず、思わず間違えてしまうことがあります。子どもは「恥ずかしい」と感じるかもしれませんが、これは英語の音の違いに注意を向ける大切なチャンスとなるのです。大人が笑ってしまったり、強く注意したりすると、子どもは声を出すこと自体をためらってしまいます。「今のは “right” かな? “light” に聞こえちゃったよ」と、やさしく伝えることで「気づき」を促せます。
文法の間違い: 文法面では、過去形の使い方でつまずくことがよくあります。たとえば、子どもが「昨日サッカーをした」と言いたくて 「Yesterday, I play soccer.(非文)」 と言ってしまう場合です。正しくは “played” と過去形にする必要がありますが、この段階では「時間を表す言葉」と「動詞の形」との結びつきがまだ十分ではなく、こうした間違いが出てくるのです。しかしながら、“Yesterday” という時を表す副詞を使用し、過去の出来事を表現しようとしています。つまりこれは、子どもが新しいルールを取り込み始めている証拠であり、過去形を習得するための準備段階にいると考えられます。
語彙の使い方の間違い: 子どもはよく、日本語の発想をそのまま英語に移してしまいます。たとえば「頭が痛い」を 「My head is hurt.(誤文)」 と言ってしまうなどです。これは母語の知識を応用しようとする試みであり、決して無意味な間違いではありません。むしろ、母語と外国語をつなげようとする積極的な姿勢の現れと考えられます。親として、その点に言及して褒めてあげるとよいでしょう。
これらの間違いに共通して言えるのは、「できていない」ではなく「できるようになりつつある」という視点で、私たち大人が捉えるべきだということです。子どもが挑戦したからこそ間違いが出てきたわけで、間違いは「挑戦の証」です。大人がその努力を認め、「よく言えたね」、「もう少しで正解だね」と声をかけることで、子どもは安心して次の挑戦に進むことができます。
5. 親の役割 ― 間違いを肯定する学習環境をつくる
これまで見てきたように、子どもが英語を学ぶ過程で生じる間違いは、学びを深めるための大切なきっかけです。しかし、その価値を子ども自身が実感できるかどうかは、周囲の大人の受け止め方に大きく左右され、親の姿勢は子どもの学習意欲に強い影響を与えます。つぎに、親がどのように子どもの間違いを受け止め、学習を支える環境をつくっていけるのかを考えてみましょう。
まず、子どもが英語を口にするとき、最も大切なのは「間違えても大丈夫」と思える安心感を与えることです。もし間違いに対して「どうしてできないの?」と否定的な反応をしてしまうと、子どもは次第に挑戦を避けるようになります。反対に、「よくチャレンジしたね」、「言いたいことが伝わったよ」と前向きな声かけをすれば、子どもは自信をもって英語に取り組めます。
また、親御さんが「完璧でなければいけない」と思い込む必要はありません。むしろ、自分が英語で間違えた経験を子どもに話したり、一緒に学ぶ中で「これで合っているのかな?」と迷う姿を見せたりすることは、子どもにとって大きな安心材料になります。親が失敗を恐れない姿勢を示すことで、「間違えてもいいんだ」と子どもは自然に学びます。
親として注意したい点もあります。例えば、「友だちの○○ちゃんはもっと上手に話せるのに」という比較は、子どものやる気を大きく損ないます。それよりも「昨日より長い文を言えたね」、「前は言えなかった単語が言えたね」と、過去の自分との違いに目を向けてあげることが大切です。小さな進歩を認められると、子どもは自信を持ち、さらに挑戦を続けようとします。
さらに、間違いを恐れずに挑戦できるようにするには、「正しいかどうか」だけに注目するのではなく、「楽しさ」を感じられる活動が効果的です。歌やゲーム、ロールプレイなど、遊びの要素を取り入れることで、間違いを気にせず自然に英語を使う経験が増えていきます。
このように、親が「間違いを恐れない姿勢」を意識して学習環境を整えることで、子どもは安心して挑戦し続けられます。英語力の伸びに必要なのは、正確さだけでなく、「間違いを通じて学びを深める力」なのです。
6. まとめ ― 間違いは成長のサイン
ここまで見てきたように、子どもが英語を学ぶ過程で生じる間違いは、失敗ではなく成長のサインです。間違えることで「気づき(Noticing)」が生まれ、自分の言葉で表現しようとする中で「アウトプット(Output)」が鍛えられ、さらに人とのやり取りを通して「インターアクション(Interaction)」が促されます。これらはすべて、子どもの英語力を伸ばすために欠かせないプロセスです。
親御さんにできるのは、子どもが安心して間違えることのできる環境を整え、その挑戦を温かく見守ることです。「間違えたらどうしよう」ではなく「間違えても大丈夫」と思えるように励ますことで、子どもは積極的に声を出し、自信を持って英語を使うようになります。英語学習において大切なのは、完璧さではなく挑戦し続ける姿勢です。間違いを恐れずに取り組むことができれば、子どもは確実に前に進みます。親が伴走者としてその歩みを支えるとき、間違いは単なる失敗ではなく、未来へのステップへと変わるのです。
引用文献
Corder, S. P. (1967). The significance of learner’s errors. International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 5(4), 161–170.
https://doi.org/10.1515/iral.1967.5.1-4.161
Long, M. H. (1996). The role of the linguistic environment in second language acquisition. In W. C. Ritchie & T. K. Bhatia (Eds.), Handbook of second language acquisition (pp. 413–468). Academic Press.
Schmidt, R. (1990). The role of consciousness in second language learning. Applied Linguistics, 11(2), 129–158. https://doi.org/10.1093/applin/11.2.129
Selinker, L. (1972). Interlanguage. International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 10(3), 209–231.https://doi.org/10.1515/iral.1972.10.1-4.209
Swain, M. (1985). Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development. In S. M. Gass & C. G. Madden (Eds.), Input in second language acquisition (pp. 235–253). Newbury House.