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AIの自動翻訳は英語教育を変えるのか?~翻訳に頼ることのメリットとリスク~

執筆者 :応用言語学者 学習院女子大学教授 萓 忠義

目次

1. 生成AIの台頭と英語教育の変化

AI技術の進歩により、現在では自動翻訳ツールは私たちの日常生活に深く溶け込んでいます。特に、ChatGPT、DeepL、Google翻訳などのツールは、日常的なコミュニケーションやビジネスシーンで広く利用されており、言語の壁を越える手段として、日常会話から専門的な文書まで、多岐にわたる翻訳ニーズに対応しており、私たちユーザーの利便性を高めてくれています(国立研究開発法人情報通信研究機構, 2023)。

この技術の普及に伴い、「自動翻訳がこれだけ優れているなら、英語をわざわざ学ぶ必要はあるのだろうか?」という声も少なからず聞かれるようになってきました。また、保護者や教育関係者の間でも「今の時代、子どもたちにどのような英語教育が必要なのだろうか?」、「そもそも英語教育そのものが本当に必要か?」といった問いが浮上しています。自動翻訳の性能が年々向上する中で、私たちは英語を学ぶ目的や意義を改めて考え直すことが必要なのです。

本コラムでは、自動翻訳ツールがもたらす利便性と、それに伴うリスクの両面を整理しつつ、英語教育にとって「自動翻訳に頼ること」がどのような意味を持つのかを探っていきます。そして、AI技術と英語学習の「共存」の可能性を視野に入れながら、子どもにとって望ましい英語教育のあり方について考えてみたいと思います。

自動翻訳がもたらした変化

2.1. AI技術の進化と私たちの生活

自動翻訳では、かつては不自然でぎこちない訳文になってしまうことが多かったですが、技術の進歩により、現在では文脈やニュアンスを考慮したより自然な翻訳が可能になってきました。スマートフォンのアプリやウェブ・ブラウザには、翻訳機能が標準で搭載されており、私たちの日常的な情報アクセスの利便性を高めてくれています。

例えば、英語のウェブサイトを開けば、ワンクリックでその内容が日本語に変換され、おおよその意味を理解することができます。海外旅行のときには、スマートフォンのカメラを利用してメニューや看板を翻訳したり、マイクの音声入力を使い、現地の人々と簡単なやり取りをしたりすることが可能です。また、仕事の現場でも、メールや資料の翻訳にAIツールが活用される場面も増えており、言語の壁を感じることは確実に減りつつあります。さらに近年では、ZoomやTeamsなどのオンライン会議ツールと連携したリアルタイム翻訳サービスや、AIスピーカーを活用した音声翻訳機能も注目されています。こうした技術は、多言語間のやり取りを迅速かつ簡便にし、私たちの生活のあらゆる場面で言語の壁を取りさってくれています。

2.2. AI技術の英語教育への影響

こうした自動翻訳の普及に伴い、「英語を学ぶ必要は本当にあるのだろうか?」という疑問が教育現場でも取り上げられるようになってきました。特に、子どもを持つ保護者の間でも「授業で英語を学ばなくても、翻訳アプリで十分なのではないか」といった声が挙がることもあります。また、生成AIを含む翻訳技術の進化は、英語に苦手意識を持つ者にとっては安心材料にもなりうる一方で、学習動機の低下につながる可能性があるとの指摘もあります(横野, 2023)。

そのような中で、一部の教育現場においては翻訳ツールを「学習支援ツール」として活用する取り組みが始まっています。たとえば、児童が英作文を書く際に翻訳ツールを使って文法的な正確さを確認したり、外国語の絵本やウェブ記事を読む際に辞書代わりに使ったりすることで、学びの幅を広げるといった工夫が行われています。

自動翻訳がもたらす便利さは確かに大きな魅力であり、日常生活の多くの場面でその恩恵を感じることができます。しかし一方で、それに頼りすぎることによって、英語を学ぶ意義や本来の教育的な目標が見失われてしまうおそれもあります。英語教育の本質的な目的は、単に意味を「訳す」ことではなく、自らの考えを言語化し、他者と主体的にコミュニケーションを築く力を育むことにあります(文部科学省, 2017)。だからこそ、こうした技術の発展を受けて、英語教育と自動翻訳の関係性を改めて見直すことが求められているのです。

3. 自動翻訳に頼ることのメリット

英語教育における自動翻訳の是非を語る前に、まずはそのメリットとリスクを冷静に見つめることが重要です。利便性が高まる一方で、学びの意欲や言語運用能力への影響も無視できない課題となっている今、その功罪を正しく理解することが、今後の英語教育のあり方を考えるうえで欠かせない視点となります。まずは、メリットから概観していきましょう。

3.1. 実用的な利便性と心理的効果

自動翻訳技術は、英語の授業や学習の場面で一定の効果を発揮しています。たとえば、英語の文章を読む際に翻訳ツールを併用することで、子どもたちは難解な語彙や文構造につまずくことなく、文章全体の意味を素早く把握することができます。特に英語に対して不安や苦手意識を抱えている学習者にとっては、翻訳の助けを借りて「分かる」「読める」という感覚を持つことができ、それが学習意欲の向上にもつながるとされています(小田, 2022)。

このような心理的効果は、学びの初期段階において特に有効であり、英語を遠ざけるのではなく、むしろ自ら「学んでみよう」という前向きな姿勢を引き出すきっかけになることもあります。分からない箇所をすぐにその場で解決できる環境は、子どもたちの「調べながら学ぶ力」を育てる土台にもなり得ます。

3.2. 表現力の強化と学習支援

翻訳ツールは、「英語を使う力」を育てる上でも有効な補助ツールとして機能します(高橋, 2023)。たとえば、自分で書いた英文を翻訳にかけることで、相手にきちんと伝わるかどうかを確認することができ、それによって文法の誤りや不自然な表現に気づくことができます。これは、単なる英文の正誤チェックではなく、「どうすればもっと自然に伝わるか」を自ら考えるきっかけになります。

さらに、翻訳結果の中で提示される複数の言い換え表現や語順の違いを比較検討することで、語彙や構文のバリエーションを増やす学習にもつながります。自ら辞書を引かなくても、文脈の中で自然な言葉の使い方を学ぶことができ、インプットとアウトプットの練習にもなります。横野(2023)では、自動翻訳を適切に活用することで、学習者の表現の精度や自信の向上につながる可能性があることも示されています。

このように、自動翻訳をあくまで学びを支える「補助的な道具」として活用することで、子どもたちは「自分の言葉で伝えようとする力」を段階的に育んでいくことが可能になります。便利なツールだからこそ、使い方次第で大きな学習効果を引き出すことができるのです。

4. 翻訳に頼りすぎることのリスク

英語学習において、自動翻訳ツールが果たす役割には一定の価値があり、子どもたちの学びを後押しする可能性を十分に持っています。しかし一方で、翻訳に頼りすぎることで本来の学習プロセスが損なわれたり、「自分の言葉で英語を使う力」が育たなくなったりするリスクもあります。次に、自動翻訳の過度な使用がもたらす影響について考えてみたいと思います。

4.1. 学習の主体性と推測力の低下

自動翻訳は英語学習を支える便利なツールである一方、使い方を誤ると学習そのものを妨げてしまう可能性もあります。特に懸念されるのは、翻訳に過度に頼ることで、子どもたちが「自分で考え、理解しようとする姿勢」を失ってしまうことです。分からない表現に出会ったとき、本来であれば前後の文脈や既知の単語から意味を推測し、じっくり考えることで読解力や語感、言語感覚が養われます。しかし、翻訳に即座に頼ってしまうと、こうした思考のプロセスを飛ばしてしまい、自分で読み解く力が育ちにくくなってしまうのです。また、文章の意味がすぐに「答え」として与えられてしまうことで、「分かったつもり」になる危険性もあります。特に中学生の段階では、推測力や表現力を鍛える大切な時期でもあるため、翻訳の便利さが学習を阻む要因になりうるという危機意識を持つことが重要です。

4.2. コミュニケーション力と批判的思考への影響

自動翻訳に頼ることで懸念されるもう一つの点は、「自分の言葉で伝える力」が十分に育たなくなることです。英語で話す・書くという行為は、単に単語や文法項目を配置する作業ではなく、自分の考えを整理し、相手に伝わるように工夫する思考力が求められます。しかし、翻訳ツールを常に使ってしまうと、こうした言語的な試行錯誤の経験が不足し、「とりあえず訳せばいい」という受け身の姿勢が定着してしまうのです。

また、自動翻訳の出力結果は一見自然に見えても、必ずしも文脈に合っているとは限りません。文意が微妙にずれていたり、文化的なニュアンスが適切に伝わらなかったりすることもあります。こうした場合、学習者自身が「これは正しいのかな?」と立ち止まり、検討し直す批判的な姿勢が求められます。しかし、翻訳結果をそのまま信じ込んでしまうと、誤解や不適切な表現をそのまま使用してしまうおそれもあります。

文部科学省(2024)のガイドラインでも、生成AIや翻訳ツールの活用に際しては、出力結果が最適解とは限らないことを理解し、最終的な判断は学習者自身が行う必要があるとされています。翻訳をただ使うのではなく、「どこまで信用できるか」「自分の考えとどう照らし合わせるか」といった意識を持つことが、これからの学習者には求められていくでしょう。

5. 自動翻訳と英語学習の「共存」

自動翻訳に頼りすぎることには一定のリスクがあると述べてきましたが、だからといって自動翻訳そのものを否定するものではありません。むしろ、すでに生活や学習の中に深く入り込んでいる今、自動翻訳という技術とどう向き合い、どう活用していくかを考えることこそが、これからの英語教育にとって現実的かつ建設的な視点だといえるでしょう(藤田, 2024; 佐藤, 2024)。大切なのは、子どもたちが自動翻訳に「依存する」のではなく、自動翻訳を「使いこなす力」を育てること。そのためには、自動翻訳を排除するのでも、無批判に取り入れるのでもない、バランスの取れた教育的な姿勢が求められます。

これまで見てきたように、自動翻訳には学習を助ける面と、逆に学びを妨げる面の両方があります。だからこそ重要なのは、「使うか、使わないか」といった二者択一の発想ではなく、「どう使いこなすか」という視点を持つことなのです。翻訳ツールを禁止するのではなく、その使用を教育的に促すことで、学びの質を高めていくことが可能になります。

たとえば、授業や家庭学習において、辞書代わりに翻訳を使って大意をつかませた後で、もう一度自力で読み直させる、あるいは翻訳結果と原文を比較させて違いに気づかせるといった活動は、英語力そのものの育成にもつながります。また、子どもの発達段階に応じて「どこまで翻訳に頼ってよいか」の範囲を明確にし、少しずつ翻訳なしで読み書きや会話に取り組むよう促すことも重要です。

こうした使い方をするうえで大切なのが、翻訳ツールの出力結果に対する向き合い方です。自動翻訳が生成する訳文は、あくまでも「参考」のひとつです。最終的にどの言葉を選ぶのか、どう伝えるのかは、やはり学ぶ本人が考えて決めることが大切です。そのためにも、「翻訳されたから正しい」と思い込むのではなく、自分の考えや伝えたいことと合っているかを、自分の頭でしっかり確かめる習慣を育てていきたいものです。翻訳ツールはとても便利な道具ですが、それに頼りきりになるのではなく、自分で上手に使いこなしていく力が、これからの英語学習には欠かせません。

これからの英語教育は、翻訳技術と対立するものではなく、それと「共存」しながら、子どもたちが自動翻訳に依存しすぎずに言葉を扱えるような教育環境を整えていく必要があります。そのためには、教師や保護者自身が自動翻訳の役割を正しく理解し、子どもたちの学びを適切に導く存在となることが求められます。

6. まとめ:これからの英語教育の考え方

自動翻訳の進化は、英語教育の意味やあり方に新たな視点をもたらしました。確かに、翻訳ツールは以前に比べて飛躍的に精度が高まり、日常生活の多くの場面で活用できるようになっています。しかし、その便利さに頼りきることで、言語を使いこなすために必要な「考える力」や「伝える力」が育ちにくくなるリスクも無視できません。

これからの英語教育に求められるのは、自動翻訳を排除することではなく、子どもたちがそれを「使いこなす力」を育てるようなアプローチです。英語を単に「訳すもの」としてではなく、「自分の考えを表現する手段」として捉えさせる指導、そして自動翻訳結果は「参考」にとどめ、最終的には自分の判断で言葉を選び、伝えることができる力を育てる環境づくりが必要です。

お子様の学習環境を選ぶ際も、その指導方針に目を向けてみてください。翻訳技術の存在を認めたうえで、それを教育的にどう活用し、子どもが主体的に言葉と向き合えるよう導いているか。こうした視点を持つことが、これからの時代にふさわしい英語教育を見極める手がかりとなるでしょう。

英語を学ぶことの意味は、テクノロジーの発展によって大きく変わるものではありません。むしろ、言葉を通して考え、伝え、つながる力は、これからの社会においてますます重要になっていくはずです。自動翻訳が当たり前になった今だからこそ、子どもたちには「言葉を使いこなす力」を育む教育が、これまで以上に大切になってきます。

引用文献

藤田 恵里子 (2024). 機械翻訳と共存する英語教育で指導すべき観点の再考 外国語教育育メディア学会全国大会(LET)紀要, 61, 81–86. Retrieved May 15, 2025, from
https://www.jstage.jst.go.jp/article/let/61/0/61_81/_pdf/-char/ja

国立研究開発法人情報通信研究機構 (2023). ICT俯瞰報告書 2023. Retrieved May 15, 2025, from
https://www2.nict.go.jp/idi/common/pdf/2023-o1.pdf

文部科学省 (2017). 中学校学習指導要領解説 外国語編. Retrieved May 15, 2025, from
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387018_010.pdf

文部科学省 (2024). 初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン (Ver.2.0). Retrieved May 15, 2025, from
https://www.mext.go.jp/content/20241226-mxt_shuukyo02-000030823_001.pdf

小田 登志子 (2022). 機械翻訳時代に学習者が意味を見いだす大学教養英語教育とは 人文自然科学論集, 151, 17–49. Retrieved May 15, 2025, from
https://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/11817/1/jinbun151-04.pdf

佐藤 眞理子 (2024). 機械翻訳と共存する英語教育––抵抗感と学習意義の変容についての分析–– リメディアル教育研究, 18, 81–90.
https://doi.org/10.18950/jade.2023.07.20.01

高橋 秀彰 (2023). 異言語コミュニケーションにおける機械翻訳の活用とグローバル人材育成 –– 日本人中上級英語学習者と機械翻訳のパフォーマンス比較から–– 関西大学高等教育研究, 15, 63–77. Retrieved May 15, 2025, from
https://www.kansai-u.ac.jp/ctl/activity/pdf/kiyo_no.15_pdf/15_04.pdf

横野 成美 (2023). AI通訳・翻訳の使用が学生の英語学習意欲に与える影響 星稜論苑, 52, 3–27. Retrieved May 15, 2025, from
https://www.seiryo-u.ac.jp/u/research/gakkai/ronbunlib/j_ronsyu_pdf/no52/02_yokono_52.pdf

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