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英語教育

「どこの国の英語を習わせるべきか」 応用言語学博士 萓 忠義

執筆者 :応用言語学者 学習院女子大学教授 萓 忠義

目次

 

1. はじめに

私たちは、現在、英語に囲まれた日常生活を送っています。保護者の方々が幼少期を過ごされた20~30年前の日本とは違い、今の子どもたちには英語がより身近な存在になっています。また、グローバル化が進む現代社会では、英語はもはや遠い異国の言語ではなく、子どもたちの教育において重要な位置を占めています。このように英語の重要性が増した今、子どもたちに家庭での英語学習環境を整えることは、言語学習の効果を最大化し、将来における無限の可能性を開く鍵となります。本稿では、家庭で英語環境を整えることのメリットを掘り下げ、親御さんたちが子どもたちに質の高い英語教育を家庭で提供するための実践的なアプローチを紹介します。

 

 

2. 世界の英語:アメリカ英語 vs. イギリス英語 vs. その他の英語

英語は世界の共通言語として、ビジネス、教育、科学、エンターテイメントなどの幅広い分野で使用されています。しかし、英語にはさまざまなバリエーションが存在し、それぞれに特色があります。まずは、アメリカ英語とイギリス英語、そして、その他の英語圏のバリエーションの特徴を概説します。

 

アメリカ英語とイギリス英語の違いは、スペル、語彙、発音の面で顕著だと言われています。例えばスペルの面では、アメリカ英語では「color」や「center」と綴られる単語が、イギリス英語では「colour」や「centre」となります。また、語彙面での違いもあり、アメリカ英語の「apartment」はイギリス英語では「flat」と表現されるなど、同じ意味の単語でも異なる語彙が使用される場合があります。さらに、発音においても、アメリカ英語は /r/ の音をはっきりと発音する (rhotic) のに対し、イギリス英語では /r/ をほぼ発音しません (non-rhotic)(語頭では発音)。これらの違いは、国際的には認知されてはいるのですが、英語学習者にとって混乱の原因となることがあります。

 

カナダ英語やオーストラリア英語、インド英語といった他の英語圏の言語も、それぞれ独特の特徴を有しています。カナダ英語は、アメリカ英語とイギリス英語の特徴を兼ね備えているのですが、スペルに関しては「colour」と「centre」のようにイギリス英語の形を採用することが多いです。また、語彙や表現ではアメリカ英語の影響が見られたり、フランス語からの借用語も存在したりします。オーストラリア英語の発音では、/ei/ を /ai/ のように発音することがあります。この特徴はオーストラリア独特の発音によるもので、例えば「day」や「say」などの単語が /dai/ や /sai/ と聞こえることがあり、オーストラリア英語を他と識別する重要な特徴となっています。インド英語については、イギリス英語の影響を受けながらも、多数のローカル言語から借用した単語や表現が盛り込まれ、独自の語彙を発展させています。同様に、発音やイントネーションについてもローカル言語からの影響が見られ、異なるアクセントやリズムにより、ユニークな響きを持つ英語となっています。

 

日本語にも関東方言、近畿方言、東北方言、沖縄方言などがあるように、英語にもバリエーションは多く存在し、それぞれの国や地域の文化や歴史と深く結びついています。国際ビジネスや科学技術の分野では、アメリカ英語やイギリス英語などの特定のバリエーションが優先されることもありますが、インターネット上やエンターテイメントの分野などでは、さまざまな英語が交錯し、英語の多様性が見受けられます。

 

 

3. 日本の教育における英語のバリエーション

日本の英語教育では、この英語のバリエーションをどのように扱っているのでしょうか。この問題は長年に渡り、議論の的となってきました。文部科学省が定める学習指導要領では、かつてはイギリス英語やアメリカ英語といった特定のバリエーションに言及することもありましたが、現在ではより包括的な「現代の標準的な発音」という表現が用いられています。これは、グローバル化が進む中で、英語が国際共通語としての役割を強めていることを反映しているためだと思います。しかし、学校現場での学習内容や評価基準においては、依然としてアメリカ英語の影響が強いと言えます。

 

学校で使用する検定教科書においても、アメリカ英語が主流であることが多いです。多くの教科書出版社は、アメリカ英語の発音、スペル、語彙を採用しており、日本の英語教育がアメリカ英語に寄り添う形で行われていることが分かります。教科書に記載される会話文や文法説明においても、アメリカ英語の特徴が顕著に表れていることが多く、日本の子どもたちは、このアメリカ英語のバリエーションに最も慣れ親しんでいるのです。

 

また、独立行政法人大学入試センターが行う、「大学入学共通テスト(共通テスト)」では、英語のテストにアメリカ英語およびイギリス英語の両方が含まれていますが、イギリス英語の使用は極一部に限定されています。発音に関してイギリス英語が採用されることが多少あるものの、その他の発音、スペル、語彙、表現などはアメリカ英語が中心です。

 

日本の英語教育におけるアメリカ英語重視の傾向には、いくつかの理由が考えられます。第二次世界大戦後のアメリカの占領下で英語が広まった歴史的背景、経済・政治・文化面で影響力が大きいアメリカとの関係など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。これに加えて、映画や音楽、インターネットの普及により、アメリカ英語に触れる機会が多いことも、この傾向を助長していると言えるでしょう。

 

4. 子どもたちにとっての最適な英語バリエーションの選択

日本における英語のバリエーションの取り扱いは上記の通りですが、子どもたちにとって最適な英語を家庭で選択する際には、どのようにしたらよいのでしょうか。英語はグローバルなコミュニケーションツールであるため、どのバリエーションを学ぶかは子どもの将来に影響を与える可能性があります。ここではその選択の方法をいくつかの要素を考慮しながら説明していきます。

 

まず、アメリカ英語やイギリス英語、その他のバリエーションを学ぶことのメリットを比較することが重要です。アメリカ英語は、国際ビジネス、科学技術、ポピュラーカルチャーなどで広く使われており、グローバルなコミュニケーションを行う上で重要な言語となっています。このため、アメリカ英語を学ぶことで、多くの分野で有利に働く可能性があります。一方、イギリス英語は、歴史的な文学作品、音楽、芸術などの分野で広く使われており、英語の伝統的な形を学ぶ上でのメリットがあります。その他のバリエーションにもそれぞれの特色があり、学ぶことで世界のさまざまな人々や文化に触れることができます。

 

次に、英語のバリエーションを選択するときに考慮すべきことは、「World Englishes」という概念です。これは、英語が世界中で多様な形で使用されていることを意識し、それぞれのバリエーションを尊重すべきであるという立場に立ち、アメリカ英語やイギリス英語だけを尊重するのではなく、オーストラリア英語、カナダ英語、インド英語などの他のバリエーションも同等であるとする考えです。標準的な英語以外を選ぶという方には参考になる考え方なので、是非、興味のある方は World Englishes の考え方を学んでみてください。

 

そして最後に、英語のバリエーションを選択する際に最も重要な要素として挙げられるのは、(1) 家庭で話される言語、(2) 将来のキャリアパス、(3) 利用できる教育環境です。例えば、家族が複数の言語を話す環境にある、または特定の国と深い繋がりがある場合には、その国の英語のバリエーションを学ぶのが適していると言えます。さらに、お子さんが将来、特定の分野での活躍を目指している場合には、その分野で主に使用されている英語のバリエーションを選択するとよいでしょう。また、あるバリエーションの英語で教育を行う学校が近所にある場合は、そこでの教育を通じて英語力を向上させるのも一つの良い選択肢です。もちろん、英語学習の初期段階では、文部科学省が推奨するように、比較的中立的な「標準的な英語」を学ぶことで基礎的な英語能力を身につけるのも一つの方法です。その後、個人の興味や必要に応じて、特定のバリエーションに焦点を当てることもできるので、中学校、高等学校と進む中で慎重に英語バリエーションの選択をしていくことも良いと言えます。

 

 

5. まとめ

本稿を通じて、英語には多様なバリエーションが存在し、それぞれに特徴があり、異なる文化や歴史に根ざしていることをご理解いただけたかと思います。アメリカ英語、イギリス英語、そして、その他多くの英語のバリエーションが持つ独自性について学ぶことは、単なる英語学習以上の価値を持ちます。子どもたちにとって最適な英語のバリエーションを選択することは単純な問題ではありませんが、将来、子どもたちがグローバルな舞台で活躍するために、しっかりとした選択をすることが保護者には求められます。

 

また、さまざまな英語のバリエーションを尊重し、家庭の状況や、子どもの将来のキャリアパス、興味や必要に応じて、英語のバリエーションを選択する柔軟性も大切です。各家庭や個人の目標によって選択結果は左右されますが、じっくりと考えたうえで結論を出すとよいでしょう。このようなアプローチにより、子どもたちは異なるバリエーション間の違いを理解し、さまざまな英語に柔軟に対応できる能力を育むことができるようになるのです。

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